📖 妻のポタジェ計画は、「ポタジェがいい」のひと言から始まった。最初の出来事はこちら。
仕事を終え、疲れた体を引きずりながら家へ帰る。
玄関を開けると、夕飯のいい香りがしていた。
「今夜のおかずは何かな〜」
そんなことを思いながら食卓に目を向けた、その瞬間。
思わず足が止まった。
ついにきた…
サラダの上に、黄色い花びらが散りばめられている。
カレンジュラだ!
以前、妻から「この花、食べられるんだよ」と教えてもらった、あのカレンジュラである。
思わず妻に聞いた。

これ、うちの?

そうだよ!レタスとルッコラとカレンジュラ。みんなうちの♪
私の目は、カレンジュラにばかり向いていた。
でも違った。
よく見ると、レタスも、ルッコラも。
サラダ全部が、うちの庭産だったのである。

ポタジェは庭で終わらなかった
「ポタジェがいい。」
あの日、妻がそう言ったとき、私は花と野菜を一緒に育てる庭のことだと思っていた。
でも、目の前にあるサラダを見て気づいた。
ポタジェは、庭の中だけで終わるものではなかった。
育てて、収穫して、食卓に並ぶ。
庭で見ていたものが、そのまま夕飯の一皿につながっていたのである。
少し前までは、「花を食べるの?」と思っていた。
それが今、庭で咲いていたカレンジュラをサラダと一緒に食べている。
実際に食べてみると、味はあまり感じなかった。
食べるというより、サラダに彩りを添える意味合いが強いのかもしれない。
どうやら私は、知らないうちに妻のポタジェ計画にすっかり巻き込まれていたらしい。
でも、サラダ全部がうちの庭で育ったものだと思うと、いつもの夕飯が少しだけ特別なものに感じられた。
妻のポタジェは、ついに庭から食卓へやってきた。
これで少しは落ち着くのかと思ったが、もちろん、そんなはずはなかった。
次に庭で見つかったのは、いつの間にか生えていた一本の木。
調べてみると、どうやら、ただの雑木ではなさそうなのである。


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